大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所新庄支部 昭和51年(ワ)9号 判決 1978年3月31日

原告 土田勲

右訴訟代理人弁護士 赤谷孝士

被告 鮭川村

右代表者村長 八鍬福榮

右訴訟代理人弁護士 古澤久次郎

同 古澤茂堂

主文

一  被告は原告に対し金七〇万円及びこれに対する昭和五三年一月一三日以降完済までの年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その一を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  被告は原告に対し、金三六三万六、六八七円及びこれに対する昭和五三年一月一三日以降完済までの年五分の割合による金員、並びに昭和五三年二月以降原告が鮭川村々会議員の地位に就くまで(但し、昭和五四年一一月を終期とする)各月八万五、〇〇〇円づつの金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二主張

(請求原因)

一  原告は、昭和五〇年一一月七日に施行された鮭川村々議会議員の選挙(以下本件選挙という)に立候補した者である。

二  右選挙においては、定数一八名のところに、二七名が立候補し、そのうち土田姓四名、高橋姓四名、矢口姓三名、荒木姓二名、井上姓二名、黒坂姓二名というように、同じ姓の候補者が合計一七名いた。

三  原告は、本件選挙で一九八票の投票を獲得したので、全候補者中第一一位の得票数で当選と決定される筈であったが、開票・集計作業中に、そのうちの四九票が他候補の得票として計算されたため、得票数一四九票の次点で落選と決定された。

四  このような結果になったのは、公権力を行使する公務員で構成されている鮭川村選挙管理委員会(委員長堀米常蔵)としては、前記のように同姓候補者が多数いたのであるから、開票と集計にあたっては慎重の上にも慎重を期すべきところ、単に混入点検係と票数点検係をいずれも従来の三名から六名に増員しただけで、公職選挙法の諸規定上当然に要求される注意義務を尽さなかったことなどに原因するものである。即ち、

(1) 混入点検係に対して、各候補者ごとの得票の束の中に他候補の得票が混入されていないかどうか、二重、三重の点検を行なわせるべきであるのに、一人の係員が一度票の束を見ただけで点検作業を終結するというような状態であった。

(2) 又、公選法六六条二項に定められている開票立会人と共になすべき点検も十分にさせなかった。前記堀米委員長や早坂貞一事務局長等は、開票立会人に対して、「午後九時三〇分までと予定した開票時間もあるので、迅速な作業を期すため、五〇票を一束にした投票用紙を一枚一枚確認したのでは時間がかかる。選管の混入点検係員も三人から六人に増員しており、これを信頼して協力してほしい」との趣旨の催促をし、右五〇票一束の投票が全部同一候補者の得票であるか点検する機会を開票立会人に与えなかった。そのため、係員の過失により、表面の一枚だけが土田今朝雄への投票で、二枚目以下の四九枚が全部原告土田勲への投票になっているような束ね方をした一束について、混入点検係が更にこの一束全部を土田今朝雄の得票として誤算したか、或いは何者かが故意にこのような束ね方をした作為が見逃がされてしまったのである。

五  このように、被告の公権力の行使に当る公務員の故意又は過失行為によって、原告は、村議会議員の地位に就くことができなかった。このことによって蒙った原告の損害は次のとおりである。

(一) 議員報酬等相当額(鮭川村条例に基く金額)

(1) 毎月の報酬額

昭和五〇年一二月から昭和五一年一一月までは月額六万五、〇〇〇円であったので、合計七八万円

昭和五一年一二月から昭昭五二年一一月までは月額七万五、〇〇〇円であったので、合計九〇万円

昭和五二年一二月以降の月額は八万五、〇〇〇円に増額になっているので、昭和五三年一月まで合計一七万円

(2) 手当等  合計七八万六、六八七円

昭和五〇年一二月の手当 五万一、一八七円

昭和五一年三月の手当 四万〇、六二五円

同年六月の手当   一一万三、七五〇円

同年一二月の手当  一七万〇、六二五円

同年一二月の手当追加 一万六、八七五円

昭和五二年三月の手当 四万六、八七五円

同年六月の手当   一三万一、二五〇円

同年一二月の手当  一八万七、五〇〇円

同年一二月の手当追加      二万円

同年一二月の報酬追加   八、〇〇〇円

(3) 精神的苦痛による損害 一〇〇万円

六  よって原告は被告に対し、前項の各損害額の合計三六三万六、六八七円及びこれに対する本件最終口頭弁論期日の翌日たる昭和五三年一月一三日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金並びに昭和五三年二月以降原告が鮭川村々会議員の地位に就くまで(但し、昭和五四年一一月を終期とする)毎月八万五、〇〇〇円づつの金員の支払を求める。

(答弁)

請求原因一項の事実は認める。同二、三項の事実は知らないが、原告が一四九票の得票で次点となったことだけは認める。同四項の事実は争う。同五項の損害額は争うが、村条例に基く議員の報酬額等は認める。

原告は、一九八票の投票を得たので当選した筈であったと主張するが、いかほどの得票をしたのかは公権的な判断を俟ち、これが確定して始めて言い得ることであるから、右は前提を欠く主張にすぎない。又、現に議員でない者が、報酬そのものでなくたとえこれに相当するものであっても、このような請求をなし得る根拠はない。

(証拠)《省略》

理由

一  本件選挙で当選者とされるべき者の数(議員定数)が一八名であることは弁論の全趣旨からして明らかであり、原告がこれに立候補し、一四九票の得票で次点の落選者と決定された者であることは当事者間に争いがない。

ところが、検証の結果によれば、候補者土田今朝雄の得票として計算された三一三票のうち、五〇票を一束に束ねたものの中に、表面の一枚だけが同候補への投票で、二枚目以下の四九枚全部が原告土田勲への投票であった一束が存在し、そのため、極く小数の疑問票については所轄選挙管理委員会(以下単に選管という)がした区分けのままにすれば、各候補者の実際の得票数と順位が別表記載のとおりとなり、従って、実際は一九八票の得票をした原告が第九位の得票をした当選者と決定されるべき者であったことが認められる。

二  そこで、何故に右のごとき誤った選挙事務処理がなされたのかについて検討すると、開票事務にあたった右選管職員の中の何者かの作為又は過誤によってそのような束ね方がなされたことが基本になっているのは当然の事理であると言うべきであるが、このことの外に、証人荒木庄右エ門、同矢口英三、同堀米常蔵、同早坂貞一の各証言を綜合すれば、開票に際し開票立会人等に対し、選管事務局長から「票数が何千票もある上、従来は三名づつであった混入点検係と票数点検係を六名づつに増やし、いずれも優秀な職員であるので、決して間違いは生じないと思われるから、時間の関係上五〇票一束の確認については、職員を信頼して協力していただきたい」との趣旨の依頼があったことも加わって、関係職員及び開票立会人のいずれもが、少くとも問題の当該一束についてはそのような混入の有無について充分な点検をしなかったため、この混入の事実を見逃す結果になっこたとが認められ、この認定を左右する証拠はない。

してみれば、本来は当選者と決定される筈であった原告が落選者とされたのは、選挙・開票事務という、被告村の公権力の行使に当る公務員の、前記いずれかの故意又は過失が累積・相乗した結果であり、このことによって原告に損害が生じたとすれば、被告村にはその賠償責任があると言わなければならない。

三  原告は、まず、当選者と決定されていれば議員として支給される筈の報酬等に相当する金額が右による損害であると主張する。しかし、議員報酬等は、現実に議員として活動したことに対する報酬と実費弁償の意味で支給されるもので、雇傭契約上の賃金のごとき生活給ではないと解すべきであるから、原告が現実に議員として活動していない以上、この支給がないからといって、直ちにこれを右による損害であると見ることはできない。

次に慰藉料について検討する。実際は当選するのに十分なだけの投票を獲得したのに、前示のごとき事情で次点の落選者と決定され、自己の政治的な抱負なり信念を村政に反映させる場を失った原告の無念さと憤懣とがかなりのものであることは原告本人尋問の結果に徴し(或いはこれをまつまでもなく)明らかであり、この精神的苦痛を慰藉するためには相当額の金員支払を被告村に命ずべきであるが、反面、支持者等に任かせずに、原告自身が有効な是正措置(公選法所定の異議)を講じておけば、前記決定後比較的短期間内に議員の地位に就け得た筈のところ、これをなさなかったために現在まで二年以上も経過してしまった事情もあるので、この点を勘案すれば、本件の慰藉料額はこれを七〇万円と見積るのが相当である。

四  よって、原告の本訴請求は、その請求慰藉料額のうち七〇万円の限度で理由があり正当であるが、これをこえる慰藉料及び報酬等の請求は失当として棄却し、結局被告村に対し、七〇万円及びこれに対する本件最終口頭弁論期日の翌日たる昭和五三年一月一三日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を命ずることとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例